
写実的に絵をかくこと、右脳、オーラ
今回は写実的に絵を描くことと、右脳、オーラの関係を描きたいと思います。
『それは、ナンダ?』とお思いでしょうが、この事は私の中でつながっている事です。
まず、写実的な絵って、どうゆう事か?を書いてみます。
世の中には、写実的な絵とそうでない絵があります。写実的とゆうのは、たとえば、ミケランジェロやレオナルド.ダ.ビンチ、アングル、フェルメール、印象派では、マネ、ドガなどの人物画などに代表される、アカデミックと言われる、実物に似せている(?)絵です。
ここでいう写実的でない他の絵とゆうのは、イラストやマンガの絵などシンボル化されたものです。
どっちがいいとか、優れているとかではなく、2次元に表現する場合、2つの表現方法がある。とゆう事です。
たいていの人が子供の頃は自由に絵を描いていたにもかかわらず、中学生くらいになると、学校で美術の時間に絵に写実性を求められます。そこで、上手く写実的に描けないと「自分は絵が下手」と思ってしまい、それから絵をかくのが恥ずかしくなったり、キライになったりしちゃう人が多いのではないか?と思います。
私もそれで、ずいぶん悩みました。なぜなら、絵を描くのが好きだったからです。
しかも、イラストやマンガ絵が得意でした。
学校の絵の時間も、ナントカ、それなりに描けてました。
でも、絵の予備校に行った時に「なにか違う!!」と思いました。
まわりのコのデッサンが写実的だったのです。私はそれまで自分では「写実的に描いてる」と思ってたのですが、まわりのコのレベルが違うのです。なんとゆうか、絵が洗練されているのです。
「ウ〜〜ン 何故だ??」と思い、そこから色々、悩みました。
先生も私はデッサンがメタメタだと思ってるようでした。でも、今まで美術の成績は良かったのに何故??と思いました。幸い、色の感覚は良かったので油絵はほめられる事があったのが救いでした。
デッサンは四苦八苦して、やっと描いた絵を先生に「ダメだ〜。これは、もう1回こわしてやりなおし。」と消される始末。
ある時、残り時間が少なくなっているのに、先生に「ダメだ」言って絵を消されてしまいました。もうヤケクソで時間がないので感じたままに線をたくさんひいて、ハイライトだけ消しゴムで抜いて表現しました。「あ〜。また叱られる。」と思い、鬱になってましたが、意外にも
その絵は評判が良かったのです。でも、描いた本人は「????」でした。ほめられても、「ナンデそれがいいの??」とゆう感じです。
そして、その謎が解けたのは、数年後にベティ.エドワードさんの『脳の右側で描け』を読んでからです。
この本は私にとって、重要な本で、この本ではじめて絵を描くことと、脳の関係を知りました。
そして、「文字が書ければ誰でも写実的な絵は描ける。」とゆう事も知りました。
それは才能とゆうよりはスキルで、「そのコトを知っているか?」「知らないか?」あとは、「練習するか?」「しないか?」の違いで世の中、写実的に描ける人、と描けない人の差があるのだと思いました。
そして、これは10才の子供にもできる。とゆう事です。ピカソがティーンエイジャーの頃、写実的な絵をバンバン描いてたのは絵の先生の父親から、右脳での描き方を習って、練習したからではないか?と思います。
左の脳、右の脳、と聞いても、『????』と思う方がいらっしゃるかもしれません。
簡単に説明すると、人間には左の脳と右の脳と、2つの脳があります。
この、右と左の2つの半球は、脳梁(のうりょう)と言われているパイプの様な神経で繋がっています。
この、脳梁で右脳と左脳のコミュニケーションをはかり、学習と記憶の伝達を可能にします。
(ちなみにこの脳梁は女性の方が男性より太く、左右の脳の連絡が1.3倍もいいのです。そのせいで、女性は一度に色々な事ができます。電話しながら、料理して、テレビをみたりできます。でも、男性はそんな芸当をするよりは、電話なら、電話、料理なら料理に集中した方がいいようです。男性の脳は脳梁が細いのと、しかも、脳が用途ごとに細かく区分けされているので、「一度にひとつづつ」の方がストレスを感じません。)
左脳と右脳の違いは、司る分野が違います。
一般的に言われているのは左脳は言語中枢、右脳はイマジネーション、想像力です。
左脳の性質は
言語的、(言葉を使って名付ける)
分析的(物事をひとつづつやっつける)
象徴的(シンボル化してしまう)
時間的(これをやったら、次ぎはコレ、と時間の流れを意識する)
理性的(原因があって、結果がある。と思う)
計数的(数を使う)
などです。
学校教育はほどんど、左脳の教育です。時間割りがあって、(時間的)単元があって、(分析的)、問題を統計だてて、(計数的)象徴的に扱い、理性的に判断して結論をだす方法を学校で学びます。
右脳はどうかとゆうと
非言語的(ものごとを知ってるが言葉との結びつきはほとんどない)
総合的(全体をいっぺんに形作る)
具体的
非時間的(時の観念がない)
非理性的(理性や事実のよる根拠を必要としない)
空間的
直感的
です。論理的とゆうより、直感的です。
「言葉では言えないけど、なんとなくあの人は信用できない。」とか、
「こっちの計画の方がいいような気がする...。」とかゆう時は右脳を使っています。
「根拠あるのかー!」と左脳から、つっこみたくなるような考えです。
そんな結論にどうやって、どうゆう筋道で、なにを根拠にたどりついたか??..を、言語化する事もできません。
一足飛びに結論に達します。ヒラメキとゆうか、電波系とゆうか...。
そうゆうのが、右脳です。
そして、この領域は脳に損傷がなければ、誰にでもあります。
それで、話を絵に戻します。私はデッサンがメタメタだった頃、人物画をパーツごとに描いてました。身体をかいて、顔を描いて、髪を描いて、手を描いて、バックを描いて、とゆう風にです。部分部分を仕上げて、次ぎの部分にとりかかりました。
このやりかた、そう、左脳の”分析的”に描いてたんです。”物事をひとつづつやっつける”とゆう方法です。結果は動きのない、空間を感じられない、写実的とゆうより、イラストっぽい絵になってしまいました。右脳ではなく、左脳で描いていたんですね。
そして、目などを描く時は自分では見ていたつもりでも、左脳のシンボルが強くでて、シンボル化した目となっていました。
でも、むりからぬ事です。人間の脳はほっとくと、左脳が指導権をとりたがります。
ですが、写実的に描くためには、空間的で総合的な右脳を使わなければなりません。
通常の日常生活でよく使っている左脳モードから、日頃、あまり使わない右脳モードへの変換が必要なのです。
で、『どうするか。』ですが、写実的に描くには、『左の脳をだまらせなければならない!』
のです。写実的に描くには、右脳を活性化させるのですが、それには、強制的に左の脳をだまらせるのが有効です。
主導権を握りたがる左脳をだまらせる為には、左脳がウンザリする事をするのが、有効です。
そのポイントは”スピード”を変える事と”言語化できない”ことをする事です。
速聴学習とか聞いたことはありませんか?通常の4倍ほどの速度で英語を聞くとよく覚えられる。とゆうものです。通常の速度でないものを左脳はイヤがります。
4倍の速さで言葉を聞くと左脳はついてこられなくなり、右脳にその作業をまかせてしまいます。
そして、右脳はそのスピードの膨大な情報量を処理します。右脳は高速、大量処理も得意なのです。
絵を描く時も使えます。
スペインの画家のゴヤが「画家は3階から落ちてくる人物が、地面に着くまでに描けなければならない。」と言ってます。
それには、速聴ならぬ、速視で1秒くらいで見て、記憶でササッと描けなければなりません。
でも、右脳を使えばそれは可能ですし、むしろそれくらいの一瞬の方が左脳がついてこれなくていいのです。
もうひとつの方法は左脳がついてこれないほど、ゆっくり描く。とゆうものです。
通常の速度より、ゆっくり描くとまたもや左脳はついてこれません。
予備校にいた頃、非常にゆっくり絵を描くコがいました。”かたつむり”がはうように描くのです。「なんで、あんなゆっくり描いてるンだろ〜??」と思いましたが、右脳で描いてたんですね。出来上がったそのコの絵は写実的で空間的で美的なものでした。
シンボル化は幼児の頃にはじまります。
小さい頃、言葉によって物を覚えます。そして、絵を描く事と同時に、周りのものを抽象化します。画用紙に大きい丸を描いて、小さい丸を2つかいて、(ホラ、目だよ)
下に三角をかいて(ホラ、口だよ)『ホ〜ラ顔ができちゃった!』とゆう感じです。
これは抽象化されたものを描いたことになり、物を見て描いていません。そして、人は誰でも
幼児の頃のシンボルの象徴体系を発展させ、いつでも呼び出せるようになっています。
この象徴体系を発展させて、洗練させたのが、イラストであり、マンガです。このシンボルは左脳にある便利なものです。マンガやイラストを描く時は、右脳でイメージを描き、それを自分の中の左脳の洗練されたシンボルを使い、表現しているのだと思います。
ただ、写実的に描きたい時は、このシンボル化されたものは封印しておかねばなりません。
特に顔のパーツはシンボル化の力が強いのです。静物は描けても、人の顔は苦手。とゆう人は多いものです。特にイラストやマンガの得意な人ほどそのようです。
なまじ、象徴体系が洗練されてるので、左脳が、「いいよ。もう、めんどうだな。いつものヤツより、ちょっと複雑なシンボルに陰影をつければいいんだろ。」...と言ってるかどうかは、ともかく、妙に顔が劇画っぽくなったりしがちです。
実際に見てるとゆうより、自分の中から象徴化されたものを引っ張ってきて、手を加えている感じです。
そして、抽象化されたシンボルは言葉と結びついています。ですから、絵を描くときは、言葉と切り離してしまうのが有効です。
だから、顔を描く時は『これは顔だ。これは、目で、これは鼻で.』..と思わない方がいいです。
思うなら、『ここは影で、ここはくぼんでいる、ここの影はここと繋がっている。ここの構造は稜線がこうなって...。』と陰影として、つかんでいく方がいいです。でも、描いてる最中、右脳が働いている最中はこうゆう風に言語で考えてる事はできません。もし、絵を描いてて、言葉で考えている時は左脳モードに入ってます。
それでは、これから、どうやって右脳モードに入るのか?の実践を書いてみたいと思います。
鉛筆とスケッチブックを用意してください。それと、なにか、画家の人物画のデッサンがあるといいです。あと、タイマーつきの時計です。
右脳モードにはいるエクササイズ
♪言葉と絵を切り離して、描いてみたいなら有名な画家の人物画のデッサンを上下逆さまにして、模写してください。
顔などのシンボルの力が弱まります。上下そのままだと、『目だ!』と思っていたものが、「画面のなかの陰影のある線やカタチ」と意識されます。
言語化されない為に左脳は右脳にこの作業を譲ります。できれば、通常の速度より、ゆっくり、ゆっくり描いてください。きっと、上下、そのままの時より、上手く行くでしょう。
♪では、上下そのままでは描けないか?
そんなことはありません。逆さまにして描いた感覚を思いだしてください。
あれが、右脳で描く。とゆうことです。そして、上下そのままのものは、陰影の部分を意識して描いてください。モノそのものではなく、モノをとりまく空間の形を見ます。「まわりの空間の形」は言語化できないものです。「まわりの空間の形」を見る事で右脳モードに入れます。
♪ほかには、身の周りにあるものを、1分でゴヤのように素早く描いてください。
10分で10枚くらい描くと右脳モードにはいっていけます。
スケッチブックを立てて、描きたい物を見ながら、右手を速く動かして!もっと速く!もっと速く!画面なんて見なくていいから!感じたままの線をドンドン描いて!...すると、1分だってスゴーク長く感じる。これは右脳モードにはいっているからです。できたのは線がいっぱいの絵だけど、感じながら描いた線は力強く、表現力豊かなはず。
♪もうひとつはゆっくり描きます。
時計をおいて、タイマーを10分にかけます。机の上に1枚スケッチブックの紙を四隅をセロテープで動かないよう、はりましょう。
右手にえんぴつをもって、左の手の”しわ”をかきましょう!10分たつまで、描いてる紙を見てはイケマセン。視先は左手に”くぎづけ”です!ひとつのシワを、シワにそってゆっくり、ゆっくり、ほんの少しだけ、視線を動かしながら、シワに沿って描いてください。そして気付いた事は全て、右手で記録する感じで描いてください。タイマーがなるまで、中断しないで書き続けなければなりません!左脳にとってこの作業は、あまりにも退屈なので、右脳に座を明け渡します。
終わったら、とてもイキイキとした、抽象画の様な新鮮な画が描けています!
これは純粋輪郭画法と言われています。
上のは私がこの純粋輪郭画法を使って、A4の紙にHB鉛筆でゆっくり描いた手のシワです。
10分で描きました。これは誰でもできますのでお試しください。
主にこの3つの作業で右脳へ切り替える事ができます。
「まわりの空間のかたちを描く」「素早く描く」「ゆっくり感じながら描く」です。
そして、これもやればやるほど、右脳への切り替えが容易になります。
画家がクロッキーをたくさんするのは、右脳のウォーミングアップです。クリムトなども、毎日、午前中はクロッキー三昧だったようです。
今のでは、画面をみないで描いてましたが、慣れれば画面を見て、バランスをとりながら写実的に描く事ができます。
これは、木炭紙大のダンボール紙に油絵のクロッキーです。私は速く描いた方が描きやすいタイプです。ですので、この絵の場合はシャカシャカ手を動かして、思うまま描いて、その後、まわりの空間の形を絵の具を布で拭きました。その結果、人体の身体のシルエットが残ったクロッキーです。
描いた時間は20分ほどです。このやり方は、私はとても、描きやすいです。時間と共に描き込んでいくとゆうより、最初に大体の固まりを描いて、不要な所を抜いていくやり方です。
ただ、学校で写実的に描くスキルを教えていないため、普通の人に”写実的な描く”とゆう選択枝がなくなってしまう事が、もったいない事です。
文字がかければ、誰でも写実的にかけます。そして、写実的に描くためのポイントはいつもの”日常の左脳モードから、右脳モードへの切り替え”とゆう事です。
興味のある方はベティ.エドワードさんの「脳の右側で描け」(マール社)と「内なる画家の目」(エルテ出版)を読んでみてください。このエクササイズものっています。
...で、それが、なんでオーラと関係あるかとゆうと、何故でしょう?
では、ここからオーラを見る事と右脳の関係です。
あくまで私見なのですが、何かを見るとそれが、右脳経由でオーラが見えるのではないか?と思っています。右脳は古い脳だそうです。現代人の脳は左脳が優勢です。イメージを見る力は右脳の古い脳にあるのだそうです。
私がオーラが見え始めたのと、バッチフラワーを本格的に生活にとり入れた時期は同じ頃です。フラワーエッセンスを絶えず採る事で、いつもお花のバイブレーションを浴びている状態が続いて、右脳が先祖帰り(?)してオーラが見えたのかも?と思っています。
最近、似たような事が載っている本を買いました。
リチャード.ガーバーとゆうアメリカの開業医で、大学の医学部で代替医療の講座をうけもつ博士が書いた「バイブレーショナル.メディスン」とゆう本です。
一応、著者は博士号を持つ、お医者さんで大学の先生ですが、バイブレーショナルメディスンに関してはなんでもアリ!の本でした。
それにフラワーレメディの章があり、バッチ博士の事も紹介されています。
それと、「フラワーエッセンスと波動医学的治癒」グルダス著が紹介されていました。
この本のかなりの部分は1980年代におこなわれたケヴィン.ライアーソンとゆうチャネラーのサイキック.リサーチ.リーディングからの引用だそうです。しかも、このチャネラーさんからの情報を求めて、FESの創設者である、リチャード.カッツも接触していたとか..。
まあ、情報源を信じる、信じないはともかく、この「フラワーエッセンスと波動医学的治癒」の見解は私にとって、色んな事を考える手がかりになりました。話を続けます。
その中で”松果体と右脳とのつながり”とゆうのが、ありました。「フラワーエッセンスと波動医学的治癒」によれば、
”脳の松果体には、サイキックな情報に対する感受性を左右する特定のクリスタル構造がある。それは松果体内の石灰化部分であり、脳の中心に存在するクリスタルである。”p314
”松果体はクリスタル構造をなし、魂や微細エネルギー身体(オーラね)とくにアストラル体(オーラの第2層?白いシルエット??)から情報を受信している。情報は松果体から右脳へはこばれる。”
松果体は体内時計のひとつで、昼夜の光のサイクルを司り、生殖ホルモンも司ります。また、光の現象にかかわり、第6チャクラと関連づけられた器官です。
ウ〜〜ン。頭の中に松果体と言われるトコがあって、その一部はクリスタル(水晶)化してて、サイキックな情報はそのクリスタルを通って、右脳へ行く...。
まだ、科学的には証明されてませんが、私にとっては納得できる考えでした。「まあ、とにかくサイキック関係はやっぱり、右脳、使うのね」と言った感じです。
右脳を活性化する方法は写実的に描く他に、速聴、瞑想やヨガなどがあります。
速聴は速い速度にして、左脳を黙らせます。ヨガや瞑想は呼吸をゆっくりにして、左脳を黙らせます。
写実的に描くことのメリットは、絵として残るので 絵をみれば、どの程度自分が右脳モードにはいっていたか、客観的に見れるのがいいのではないか?と思います。
しかも、描いてる間は、静かでありながら全体に気がつく感じで、いつもとやはり、意識が違います。精神が不安な時にもいいです。
興味がある方は是非、お試し下さい